高崎線(たかさきせん)は、埼玉県さいたま市大宮区の大宮駅から群馬県高崎市の高崎駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。
大宮駅以南は全列車が東北本線に乗り入れ、うち約7割の列車は上野駅を始発・終着駅とする。そのため、列車運行上の高崎線としては東北本線大宮以南を含めた上野駅~高崎駅間である。また、その他約3割は途中から分岐し山手線(池袋・新宿・渋谷)経由で東海道本線に乗り入れ、平塚駅・国府津駅・小田原駅を始発・終着駅とする。一般的に、前者を高崎線列車、後者を湘南新宿ライン(東海道線直通・高崎線直通)と称すが、後者の北行きは大宮以北で高崎線列車と称す。
さらに、この高崎線列車の2割程度は高崎から上越線へと乗り入れ、さらに両毛線や吾妻線へも直通するため、駅構内の案内板や時刻表等では高崎線・上越線と表記されることが多い。一方、E231系のLED案内では、上越線を経由して両毛線前橋駅まで直通する列車でも高崎・両毛線と表示する(上越線新前橋駅まで運転する列車は高崎線と表示される)。
路線名には群馬県高崎市や高崎駅の「高崎」を冠し、管轄もJR東日本高崎支社であるが、経路上の多くの都市(上尾・桶川・北本・鴻巣・熊谷・深谷・本庄)が埼玉県にあり、高崎線の南側ではむしろ埼玉県と東京間の地域輸送に機能が偏重している。
なお、「高崎」は1600年頃、井伊直政が高崎城築城記念に僧・白庵の助言を受け、当時「和田」と呼ばれたこの地をあらためて「高崎」と称したのに由来し、以来400年余にわたり用いられた地名である。
当路線は国道17号(中山道)とほぼ並走し、一部区間を除き同じ市町村を経由している。
日本初の私鉄である日本鉄道の第1期線として、1883年(明治16年)に上野~熊谷間で仮営業を開始したのが始まりである。翌1884年には高崎・前橋まで延長され、全通した。6月25日には、明治天皇臨席のもと上野駅で開業式典が行われている。現在も前橋に直通する列車が設定されているのもこの経緯に由来する。
なお、同社初の路線としてこの路線が開業した背景には、殖産興業の一環とされた養蚕業と製糸業の盛んな群馬県から貿易港の横浜まで製品を運ぶ手段が必要とされたことと、同線が当時東西両京を結ぶ主要鉄道と位置付けられた中山道鉄道(後に両京を結ぶ鉄道の岐阜以東は東海道経由へと変更された)の一部を形成することがあったといわれる。
第2期線である東北本線を分岐するため大宮駅が開設されたのは、さらにその翌1885年のことである。
1906年には、日本鉄道が鉄道国有法により買収・国有化され、本路線も官設鉄道に編入された。大宮~高崎間が高崎線として分離されたのは、3年後の1909年の国有鉄道線路名称設定時である。
なお、当初は上越線の開通後に上越線・高崎線を合わせて「上越本線」とする構想もあったが(そのため、上越線のキロポストは高崎線から連続している)、上越線全通前は先に開通していた長野経由で新潟県へと至る信越本線が高崎線と一体化した運行形態をとっていて、上越線全通後もそちらへ直通する列車が多く設定されていたことや、列車運行上・案内上は、一切意識されていないものの、前述の国有鉄道線路名称設定の名残で高崎線は「東北本線の支線」との定義のため、結局両線とも改称されずに現在に至っている。
高崎線 駅一覧
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