中央区月島・晴海の南方、江東区東雲・有明の北方、江東区枝川の西方に位置する。
鉄道の駅は東京メトロ有楽町線・ゆりかもめの豊洲駅、ゆりかもめの新豊洲駅、市場前駅が設置されている。幹線道路は晴海通りが通る。
大まかに北側(豊洲一丁目から豊洲五丁目)と南側(豊洲六丁目)のブロックに分けられる。
元々は工業地が多くを占めたが、現在は区画整理、大規模再開発が盛んで、中高層の共同住宅、商業施設が多くなっている。築地市場機能の移転先(豊洲新市場)である。東京湾埋立5・6・7号地。
昭和12年7月、この埋立地に町名がつけられる際、将来の発展を願い、豊かな土地になるように「豊洲」とした。
* 豊洲一丁目 - 第3期隅田川改良工事の5号埋立地に起立。
* 豊洲二丁目 - 第3期隅田川改良工事の5号埋立地および豊州突堤埋立工事、豊州拡張埋立工事で起立。
* 豊洲三丁目 - 枝川改修工事の7号埋立地に起立。
* 豊洲四丁目 - 枝川改修工事の6号埋立地に起立。
* 豊洲五丁目 - 第3期隅田川改良工事の5号埋立地および豊州物揚場背面埋立工事で起立。
* 豊洲六丁目 - 豊洲突提先埋立工事で起立。
1923年(大正12年)の関東大震災の瓦礫処理で江東区豊洲などが埋め立てられた。
工業地として発展し、20世紀後半までに、石川島播磨重工業などの工場、新東京火力発電所(東京電力、廃止)などの他に、種々の流通設備が立地し、さらに関係者向けの商店、社宅等もあるという状況が続いた。この時代、日本初のコンビニエンスストア、当時珍しかったスポーツクラブ(ドゥ・スポーツプラザ)も設置された。
転機としては、有楽町線開通、産業構造の変化などがある。
豊洲センタービルなどオフィスビルの立地、その後、再開発、区画整理が本格化し、マンション建設ラッシュも見られ商業地、住宅地への移行が進んでいる。さらに大規模な商業施設の立地も進み、日々姿が変わっていく過程にある。
一方、豊洲新市場の土地は東京ガスの都市ガス製造工場の跡地であるが、土壌には環境基準を大幅に上回るヒ素、シアン、ベンゼンなどの汚染物質が含まれていることが明らかになった。2001年に同社が公表している。
さらに2007年10月6日の専門家会議では、環境基準の1000倍に当たる高濃度の有害物質ベンゼンが検出されたと報告された。1000倍の数値を計測した地点は、これまでの調査から、高い濃度は予想されていなかった。
* 豊洲IHIビル(IHI(旧石川島播磨重工業)本社)
* 豊洲センタービル・同アネックス(NTTデータ本社)
* 豊洲ONビル(日本ユニシス本社)
* 東京電力新豊洲変電所・テプコ豊洲ビル(ビッグドラム)



